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最高裁判所第二小法廷 平成4年(オ)102号 判決 1992年4月24日

上告人(被告)

千代田火災海上保険株式会社

被上告人(原告)

名口照子(旧姓横井)

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人溝呂木商太郎、同内河惠一、同雑賀正浩の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 木崎良平 藤島昭 中島敏次郎 大西勝也)

上告代理人溝呂木商太郎、同内河惠一、同雑賀正浩の上告理由

第一点(原判決は自動車損害賠償保障法第三条の解釈を誤り、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背が存する。)

一 本件事故時の加害車輛の運行供用者は、訴外中谷尚子(以下「中谷」という)、同岩崎敏和(以下「岩崎」という)、同横井広伸(以下「広伸」という)の三名であり、本件は中谷が同乗していない運行供用者、岩崎と広伸が同乗していた運行供用者で、同乗していた運行供用者の一名が被害者となつた事案である。

二 共同運行供用者のうちの一名が被害者となつた事案を類型的に考察するとき、次の三類型が考えられる(丙第二号証一〇六頁以下)。

(1) 非同乗型

<1> 同乗していない共同運行供用者の一人Aが他の共同運行供用者Bの運転する自動車の事故により被害を受けたケース

<2> 共同運行供用者の一人Aが自動車で運行中事故により被害を受けたが、他の共同運行供用者Bは当該自動車に同乗していなかつたケース

(2) 同乗型

共同運行供用者の一人Aが自動車で運行中事故により被害を受けたが、他の共同運行供用者Bも当該自動車に同乗していたケース

(3) 混合型

共同運行供用者の一人Aが自動車で運行中事故により被害を受けたが、他の共同運行供用者のうち当該自動車に同乗していた者Bと同乗していなかつた者Cがいたケース

三 本件事案は右の混合型即ち、共同運行供用者の一人A(広伸)が自動車で運行中事故により被害を受けたが、他の共同運行供用者のうち当該自動車に同乗していた者B(岩崎)と同乗していなかつた者C(中谷)がいたケースである。そして右Aの自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という)第三条の他人性の判断については、A・Cの関係では最高裁昭和五〇年一一月四日判決(民集二九巻一〇号一五〇一頁、丙第七号証)が、A・Bの関係では最高裁昭和五七年一一月二六日判決(民集三六巻一一号二三一八頁、丙第一四号証)がそれぞれ基準として適用され、運行支配の程度はAとBとの関係では同等、AとCとの関係ではAの方が強いから、結局A即ち広伸はC即ち中谷に対してはもとより、B即ち岩崎に対しても原則として他人性を主張することができないという結論に到達するのである(仙台地裁昭和五五年九月二二日、交通民集一三巻五号一一八四頁、丙第一七号証参照)。

四 右同乗型の基準である最高裁昭和五七年一一月二六日判決は、被害共同運行供用者が所有者の場合の事案であるが、所有者の場合に限らず、本件の如く被害共同運行者(広伸)が加害共同運行者(岩崎)と共同して本件車輛の貸与を受け共に運行を支配・管理すべき立場にあつて被害者となつた場合も、右最高裁判決が判示するように、加害共同運行者が被害共同運行供用者の運行支配に服さずその指示を守らなかつた等の特段の事情なき限り被害者は加害者に対する関係において自賠法第三条の他人たることを主張し得ないと解すべきである(大阪地裁平成元年一〇月二〇日判決、丙第七〇号証参照)。

原判決も右最高裁判決を援用して、「自賠法三条の「他人」とは運行供用者、当該自動車の運転者、運転補助者以外の者であると解されるが、例外的に共同運行供用者のうちの一人が被害者となつた場合に、被害者である共同運行供用者が同条にいう他人に該当するか否かにつき、一律に他人性を否定又は肯定するのは相当でなく、共同運行供用者の自動車に対する運行支配の程度が同等であつた場合には、自賠法三条の他人であることを主張することはできないが、事故を惹起した共同運行供用者が、同乗している自動車の所有者又は正当な使用権限を有する共同運行供用者の運行支配に服さず、その指示を守らなかつた等の特段の事情を、被害を受けた共同運行供用者において主張立証することにより、自賠法三条の他人として救済されることがあるものと解される。」と判示している。

五 そして原判決は右特段の事情について、(イ)年令からみると広伸は事故当時未成年であり、岩崎が一年余年長であつたこと、(ロ)岩崎の交通違反歴と生活歴、(ハ)株式会社ノバ入社以後岩崎が広伸に対し毎日のように金をせびり、広伸は畏怖してこれを拒否できず、母親に小遣いを要求してはそれを岩崎に渡していた経緯、(ニ)広伸は岩崎を逃れるため退社する決意までしていたこと、(ホ)本件車両を借り出す直前に、広伸から早く帰宅したいが岩崎に誘われているため帰れないと訴える母親への電話があつたこと、(ヘ)事故当時の運転状況を総合すると、広伸は岩崎の要求どおり同人に引きずられて行動していたこと、したがつて、本件車両の運行支配についても両名が対等、同等ではなかつたと推認されるとし、「岩崎には本件事故当時、共同借主として共に本件車両の正当な使用権限を有していた広伸の安全運行支配に服さず広伸の指示を守らなかつた等、共同運行供用者としての広伸の、事故を抑止する立場、地位を没却及至減殺する特段の事情があつたものと認められる。」と判示する。

六 しかしながら、右原判決の判示するところは、本件事故当時本件車輛を運転していたのが岩崎であり広伸は運転に従事していなかつたとの事実以外は、事故当時の本件車輛の具体的運行に対する支配の程度、態様に直接係る事柄ではなく、またこれらを推認する間接事実としても不適当な事実であり、本件車輛に対する広伸の運行支配が岩崎のそれと比較して同等とは云えないと推認することは失当であるのみならず、運行を支配・管理すべき立場にある広伸がその責を聊かでも果した痕跡が認められず、また果そうにも果し得なかつた具体的状況が認められない限り、前記最高裁判決がいう特段の事情は存せず、本件車輛に対する広伸の運行支配は岩崎のそれと比較して同等というべく、広伸は岩崎との関係においても「他人性」を主張し得ないものである。

七 本件事故当時本件車輛を運転していたのは岩崎であり同人が広伸に対し民法第七〇九条の損害賠償責任を負うことは異論ないが、自賠法第三条に基づく加害共同運行供用者の被害共同運行供用者に対する損害賠償責任の成否として同条の他人性を判断するに当つては、本件車輛に対する運行支配を両名が有するに至つた経緯からして誰が本件車輛を運転するかということに関しては岩崎と広伸とは同等の立場にあつたものであるから、両者の運行支配の程度は、現実の運転者が誰であつたかにかかわらず同等というべきである(高松高裁平成二年七月二〇日判決、判タ七四六号一八六頁、丙第七一号証参照)。

以上

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